教育長通信「大河」

令和7年4月1日付けで、武蔵野市教育長として着任した吉原 健(よしはら たけし)と申します。
これから、教育長としての私の日ごろの思いや考えを教育長通信「大河」という形で市民の皆様と共有できればと思っています。「大河」には、大きな流れのような教育の発展・地域の教育を広く包括する大きな視野・教育の未来に向けた大きな可能性という意味を込めています。
ぜひご覧ください。
第23号
文化の融合と調和
先日、[武蔵野市文化振興基本方針](平成30年11月)を改めて読んでみました。
すると、明暦3年に発生した明暦の大火後に、現在の水道橋駅付近の吉祥寺門前町や西久保城山町(現在の港区)から人々が移り住んできたこと、また大正12年に発生した関東大震災後にも、都内から多くの被災者が移り住んできたこと、さらに、昭和22年に武蔵野市制が施行されると、やがて都心から緑を求めて様々な地域から多くの人々が武蔵野の地に移り住んできたことなどが書かれていました。
このように武蔵野市は古くからこの地に住んでいた人たちと、都心など外から移住してきた人たちの文化が混在し融合しながら、それが調和的に発展し、新しい文化が生み出され、フロンティアな気風となって今の特色ある本市の市民文化につながっているようです。
さらに「武蔵野市生涯学習に関する調査報告書(令和7年3月)」の[市民向け調査結果]を見ると、『あなたは今後、何かを自分から学びたいと思いますか?』という質問に対して、「学びたい」「学びたいことが見つかれば学びたい」と回答した【学びの積極層】が93.9%でした。その中でも、今後どのようなことを学びたいかについては、「文学や歴史、語学などの教養に関すること」(51.6%)が最も高く、全国調査と比較しても26.7ポイント高くなっていました。
こうした結果を見ても、武蔵野市民の学びの意欲の高さがわかります。「学び」に熱心な武蔵野の市民性は、これまでの歴史の中で、異なる文化を受け入れ合い、融合と調和を図りながら新しい文化を創出し続けてきたことが背景にあるのだと考えられます。
前出の「武蔵野市生涯学習に関する調査報告書」には、市の生涯学習事業(講座)を受講した子どもに対するアンケート調査の結果も載っていました。これを見ると、『あなたは、何かを学ぶことに関心がありますか?』という質問に対して、「関心がある」「どちらかというと関心がある」と回答した子どもは89.6%いました。また、『あなたはこれから自分から何かを学んでいきたいですか?』の質問には、「学んでいきたい」「面白そうなことがあれば学んでいきたい」と回答した子どもが88.9%いました。このことから武蔵野市の子どもたちも、学びへの関心・意欲が大変高いことがうかがえます。
よく「大人の学びの姿も、子どもたちの学びの姿の相似形である」と言われますが、子どもにとって大人はよき学びのロールモデルとなる存在なのです。こうした武蔵野の市民文化の背景も理解しながら、未来を担う子どもたちと向き合っていくことも大切だと考えています。
学校の品格
リッツ・カールトン元日本支社長の高野登氏は、うまくいっている組織の中に入ったときに共通して感じることは[一体感]だといいます。そして、その一体感をつくり出しているものこそが、組織を構成する一人一人の[品格]だと述べています。
高野氏は、[小学]と[大学]という学びの概念について述べています。
[小学]とは、人としてあるべき当たり前のことを身に付けることであり、
[大学]とは、相手に対して自分自身に責任をもつことをいいます。
[大学]ができている人、つまり人の役に立つために、自分の心を修めていくことができる人を[大人](たいじん)と呼び、品格は[大人]に宿るとしています。
これを学校という組織で考えると、子どもや教職員にとって、学校が自分に何をしてくれるかではなく、「自分が学校に対して何ができるか?」を考えるということです。本市でいえば、[武蔵野市民科]の視点に立った学びの基本的な考え方といえるかもしれません。
教師にとっては、自分自身がもっと成長することによって、他の人の仕事が楽になったり、他の人の役に立てるようになったりする[大人]の発想です。こうした意識が積み重なると、教師や学校の品格に結び付いていくと考えています。
私たちは社会の影響を受け、社会と関わりながら、私たち自身も社会に影響を与えています。このことをしっかりと意識した上で、高野氏は「自分が使う言葉に最大の責任をもつ」ことが大切だといいます。高野氏はこう続けています。
『なぜなら、言葉が行動を生み出すからです。繰り返される行動は習慣になります。個人の習慣はその人の人格を形成します。社員の行動と習慣は、会社の社風をつくり、組織の品格を決定するのです(後略)』
社員を「教師」に、会社を「学校」に、社風を「校風」に言葉を置き換えると、これはそのまま学校組織に通じる哲学になります。新約聖書にも[はじめに言葉ありき]とありますが、良い習慣をつくるための第一歩もまた言葉であると思います。言葉が行動を生み、繰り返される行動がやがて確かな習慣になるからです。
参考図書:「品格を磨く(高野登著)」ディスカヴァー・トゥエンティワン
第22号
Less is more
日本の伝統文化である華道、茶道や俳句などでは、シンプルで少ない言葉や状態から、いかに多くのものを感じさせ、想像させるか?ということがとても重要になります。
たとえば華道では、百本のバラではなく、たった一本の花や蕾により、いかに明日の生命を表現するかが重要になります。夏場に涼しさを感じさせてくれる風鈴も、わずかな風や音を捉えることで、「音から涼しさを感じてもらう」という非常に日本的で想像力豊かなものです。
また、中国で生まれた水墨画もその後日本で独自の発展を遂げ、饒舌な色彩の世界からは無縁のモノクロの世界の中で、シンプルな線と余白から「余白の美学」といった独自の世界観を生み出しています。
さらに俳句の世界は、わずか17文字の中から様々な情景、音、空気、味わい、匂いなど、いろいろな想像を喚起することによって世界を詠んでいます。
松尾芭蕉の俳句「古池や 蛙飛び込む 水の音」には、ほとんど景色の描写がありませんが、かえってそれによって蛙が飛び込むときのポチャっという水音、それから広がるあたりの静寂など、いろいろな音や風景が想像され、よりリアルに感じられてきます。
このように日本の文化には、少ない表現から豊かで高い精神性を示す文化を生み出しているものが多く見られます。これを英語で表現すると「Less is more」ということになるのでしょう。「少ないものから豊かさを追求する」ことは、日本人の精神性を体現しています。
この「Less is more」という言葉は、OECD教育スキル局長のアンドレア・シュライヒャー氏が、これからの授業のあり方として使った表現でもあります。
これからの教師は「少ないことを深く教える」ことで、各教科の見方・考え方を培い、未知なものや複雑なものに対応する力を子どもに育てていくことが重要だと考えています。
学校教育で求められる「深い学び」では、多面的な見方・考え方や問題解決のための思考力や構想力を培うことが重要になります。深い理解とは、これまでよりも物事を大きく捉える視野や大きな概念形成を目指すものであり、単に「知識を暗記すること」を学習方略とするのではなく、より「概念的な知識の獲得」を目指すことが大切です。武蔵野市の学校教育においても、こうした子どもの学びの質を高めていきたいと考えています。
便利は不便
いつの頃からか携帯電話やスマートフォンが日常生活の必須アイテムとなり、いつでもどこでも誰とでも簡単に連絡が取れるようになり、私たちの生活は格段に便利になりました。
しかし一方で、時間や場所を問わずさまざまな人から連絡が入るようになり、こうした情報の有無をチェックせざるを得ない煩わしさもあります。私も緊急な連絡を常に意識しながら出かけることが多く、スマホを手放すこともできず気忙しさと向き合っています。
さらに現在はSNSや生成AIの急速な普及により、私たちは24時間溢れる情報に囲まれています。そして情報そのものの質や正確性よりも、情報の量やスピードに支配されています。フェイクニュースの拡散等も大きな社会問題になっている中で、「溢れる情報にどう向き合うか?」は現代人にとって解決すべき大きな問いになっています。
教師の仕事を見ても、現在では校務用PCが配備され、校務支援システムの機能も様々に活用できる状況になっています。しかしこうした便利さを享受しながらも、必ずしも教師の多忙感の解消には結び付いていない面もあると感じています。ともすると新たな業務にも追われて、多忙さがますます加速化していたり、使い勝手の悪さに不便さを感じたりすることもあります。
便利さを志向しながらも、結果として不便さを実感することは私だけではないと思います。
私たちは便利な文明社会を実現することで、一体何を獲得することができたのでしょうか?
このことは私たち人間が未来に向けて問うべき重要な問いであると考えています。
哲学者の池田晶子氏は、「人はいったい何のために時間を短縮したいのか?私たちは何がしたくて、何の時間が欲しいのか?」と私たちに問いかけています。
私も池田氏の考えにとても共感しています。校務の軽減や会議の効率化などによる時間短縮は、将来に何かを期待するためのものではなく、すべての教師が目の前にいる子どもたちの声を丁寧に聴くための時間を保障したり、教師同士が日々の指導上の悩みや課題を相談し合ったり、明日の授業を一人一人の子どもの学びを深める授業に工夫したりするためにこそ使われるべきです。便利さのみを追求することで大切な教育の営みを見失ってしまっては本末転倒であり、教師が子どもと共に過ごす時間の価値はそこにしか存在しないと私は考えています。
参考図書:「暮らしの哲学(池田晶子著)」毎日出版社
第21号 小さなことに心を込める
以前勤務していた中学校では、3年生全員を対象に校長による面接練習を行っていました。
一人15分程度の短い時間でしたが、私としては一人一人の生徒と対話できる貴重な時間であり、毎年この時間を楽しみにしていました。あるとき、「3年間部活動を続けてあなたが学んだことは何ですか?」という私の問いかけに、ある生徒が次のように答えました…。
『私は部活動を通して、小さなことを大切にするということを学びました。まず、あいさつや礼儀を大切にすること、練習で使う道具は心を込めて丁寧に扱うこと、練習で使った場所をきれいに掃除すること、後片付けをきちんと行うこと、そして3年間私を支えてくれた友達や家族、先生方への感謝の気持ちを忘れないということです…』
私はこの生徒の言葉を聞いて、3年間の中学校生活での精神的な成長を感じました。
私たちはともすると「何を成し遂げたのか」という結果だけにとらわれてしまい、そのプロセスで大事にしてきたことや、感じてきたことを見失いがちになることがあります。人や社会との関わりの中で「小さなことに心を込める」ことは価値が高く尊いことだと考えています。
さらに、相手に[求める]ことは容易ですが、見返りを求めることなく相手に[与える]ことは難しいと考えています。つい周りの人や社会に対して、あれこれ要求や意見を出して、自分の思いを叶えようとすることがあります。しかし自分が人や社会のために何ができるかを考え、小さなことでもそれを日々実践していくことが大切なのではないでしょうか。
教師の仕事でいえば、子どもとのどんな小さな約束でも必ず守ることであったり、子どもからの相談には必ず時間をつくって話を聴いてあげることであったり、子どもの小さな言動や表情の変化を見逃さなかったりすることなのかもしれません。
小さな営みでも心を込めて行えば、人や社会を大きく動かすことができます。1979年にノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、『小さなことに忠実でありなさい。小さなことの中にあなたの強さが宿るのですから』という言葉を残しています。さらにこんな言葉も残しています。『小さなことは本当に小さい。でも小さなことに信念をもつのは偉大なことです』
私たちも日々の生活や仕事の中で、ついおろそかにしてしまいがちな小さなことほど手を抜かず、丁寧に取り組んでいく姿勢が大切なのだと思います。小さなことを誠実に積み重ねていく営みが、やがて確かな信頼に結び付いていく…と信じています。
添付ファイル
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「大河」第1号「有効性」と「至高性」 (PDF 78.5KB)
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「大河」第2号「わかる」ということ (PDF 69.8KB)
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「大河」第3号学習する学校 (PDF 76.9KB)
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「大河」第4号「さわる」と「ふれる」 (PDF 88.0KB)
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「大河」第5号責任とリスポンシビリティ (PDF 87.9KB)
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「大河」第6号ネガティブ・ケイパビリティ (PDF 84.7KB)
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「大河」第7号子どもへの敬意 (PDF 81.7KB)
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「大河」第8号学校文化を創り出す (PDF 77.1KB)
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「大河」第8号「弱いロボット」の思考 (PDF 82.3KB)
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「大河」第9号鏡の法則 (PDF 70.3KB)
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「大河」第10号言葉への信頼 (PDF 83.2KB)
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「大河」第11号「受信力」を高める (PDF 82.5KB)
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「大河」第12号離見の見 (PDF 75.9KB)
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「大河」第13号反射神経を整える (PDF 83.1KB)
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「大河」第14号対話について考える (PDF 80.7KB)
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「大河」第14号伝わるとはどういうことか? (PDF 74.2KB)
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「大河」第15号安定を避ける (PDF 90.9KB)
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「大河」第16号居心地のよいお店 (PDF 76.5KB)
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「大河」第17号言葉が人をつくる (PDF 75.6KB)
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「大河」第18号学校を核とした地域づくり (PDF 87.2KB)
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「大河」第19号教室の余韻 (PDF 89.2KB)
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「大河」第20号「可能性」と「潜在性」 (PDF 75.7KB)
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このページに関するお問い合わせ
教育部 教育企画課
〒180-8777 東京都武蔵野市緑町2-2-28
電話番号:0422-60-1894 ファクス番号:0422-51-9264
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