教育長通信「大河」

令和7年4月1日付けで、武蔵野市教育長として着任した吉原 健(よしはら たけし)と申します。
これから、教育長としての私の日ごろの思いや考えを教育長通信「大河」という形で市民の皆様と共有できればと思っています。「大河」には、大きな流れのような教育の発展・地域の教育を広く包括する大きな視野・教育の未来に向けた大きな可能性という意味を込めています。
ぜひご覧ください。
第12号 離見の見(りけんのけん)
能の大成者として知られる世阿弥は、数々の珠玉(しゅぎょく)の言葉を後世に残しています。
世阿弥の有名な言葉の一つとして、「初心忘るべからず」があります。これは、初めの志を忘れてはならないという意味だけではなく、新しい事態に直面した時の対処方法、すなわち試練を乗り越えていくときの考え方を意味しています。
また、世阿弥は、「花鏡(かきょう)」の中で、「観客を見る役者の演技は、離見(客観的に見られた自分の姿)である。『離見を自分自身で見ること』すなわち【離見の見(りけんのけん)】が必要であり、自分を見る目と観客を見る目を一致することが重要である」と述べています。
さらに世阿弥は、<目前心後(もくぜんしんご)>という言葉も用いています。これは「眼は前を見ていても、心は後ろに置いておけ」ということ、すなわち、自分を客観的に外から見る努力の大切さを指摘しています。これと似た言葉で「木を見て森を見ず…」という言葉もありますが、私たちは、部分から全体を見るだけではなく、大局(全体)から小局(部分)を見る視点も身に付ける必要があると思います。
すべての教師は、子どもたちのために日々努力を惜しまずに職務にあたっています。そして教師としての経験やスキルを身に付けるほどに、子どもへの理解を深めることができているかもしれません。しかし、一方では過度な自信と慢心に陥らないように自らを戒めることも大切です。
一人一人の子どものために良かれと思ってやっていることが、いつの間にか子どもや保護者の願いからずれてしまっていないかどうかを、大局的かつ客観的に振り返るために、自分自身の姿を【離見の見(りけんのけん)】で見定める心のゆとりを持ち続けたいものです。
そのためには、謙虚に子どもや保護者の声に耳を傾けること、同僚や先輩教員を含めた第三者の助言や意見を進んで聴く努力が必要です。子どもの小さなつぶやきや心の声を聴き取ろうとする営みは、教師である以上求められ続けるのです。こうすることで子どもや保護者の視点に立って教師としての自分を見つめ直すことができるのかもしれません。
常に成長し続けられる教師であるために、第三者の目で客観的に今の自分を見つめ直し、足りないところを補っていくことを大切にしたいと思います。
第11号 「受信力」を高める
今の時代は、まさに「発信力」の時代です。SNSやインターネットを始め情報発信のツールも格段に進化し、世界中の至る所に自分の意見や言葉を届けることができます。大いなる発信力は、世界中のあらゆる人と瞬時につながり、自尊感情を大いに高めてくれるかもしれません。
一方で、発信することの大事さが強調されればされるほど、逆に衰えてきているのが「受信する力」といえないでしょうか。他人の発している小さなサインやシグナル、他人のつぶやきや沈黙、そうした他者の存在というものを、自分から受け止めることができる確かな「受信力」が徐々に衰弱し、今の日本社会のあり方まで歪ませていると感じるのは私だけでしょうか。社会の孤立や分断は進んでいるように感じます。
今、どの学校でも、子どもの自殺の未然防止などを目的として、「SOSを出すための教育」に継続的に取り組んでいます。「心配なことや悩みごとがあったら遠慮せずに、自分の周りにいる信頼できる大人に勇気を出して相談してみましょう…」と私も校長時代よく生徒たちに訴えていました。しかしながら、学校評価の結果などを見ると、教職員に進んで相談する生徒の割合は毎年なかなか増えることがなく、子どもの相談対象として教職員が思うように期待されていないのはなぜだろう…と自らに問いかけていました。
私が感じていたのは、「教職員自身も自らSOSを出していないのではないか?」ということです。校長として、「教職員の心理的安全性を保障する学校づくりができているのか?」、「若い先生にとって、同僚や先輩の先生が指導上の悩みや不安を打ち明ける相手になっているだろうか?」、「職員室の中は、先生たちが安心して自由に話ができる場になっているだろうか?」、「教職員同士で雑談やグチが言い合える時間や場が保障されているだろうか?」校長時代、私はそんなことをよく考えていました。もし教職員がSOSを出せていないとしたら、子どもにSOSを出すことを求めることは、やはりなかなか難しいのではないか…と考えています。
もう一つは、私たちがSOSを受け止める力を高めることです。相手の言葉にじっと耳を傾けて聴き取ること、相手の沈黙にじれずにじっと待つこと、時にはただそばにいて寄り添うこと、そんな力を取り戻す必要があるのかもしれません。
その人が本当に自分を受け止めてくれる人かどうかを子どもは瞬時に見抜く力を備えていると思っています。見せかけだけの「受信力」を振りかざすことは、かえって子どもの心を閉ざしてしまうのではないでしょうか。教室の中には先生が受け止めてくれることをじっと待っている子が必ずいるはずです。そんな一人にそっと寄り添う力を身に付けたいものです。
参考図書:「なつかしい時間(長田弘著)」岩波新書
添付ファイル
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教育長通信「大河」第1号「有効性」と「至高性」 (PDF 79.6KB)
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教育長通信「大河」第2号「わかる」ということ (PDF 70.9KB)
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教育長通信「大河」第3号学習する学校 (PDF 77.6KB)
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教育長通信「大河」第4号「さわる」と「ふれる」 (PDF 88.6KB)
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教育長通信「大河」第5号責任とリスポンシビリティ (PDF 88.6KB)
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教育長通信「大河」第6号ネガティブ・ケイパビリティ (PDF 85.0KB)
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教育長通信「大河」第7号子どもへの敬意 (PDF 82.3KB)
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教育長通信「大河」第8号学校文化を創り出す (PDF 77.7KB)
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教育長通信「大河」第8号「弱いロボット」の思考 (PDF 82.9KB)
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教育長通信「大河」第9号鏡の法則 (PDF 70.9KB)
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教育長通信「大河」第10号言葉への信頼 (PDF 83.5KB)
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